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仙台高等裁判所 平成10年(ネ)181号 判決

第一審原告

甲野花子

第一審原告兼右法定代理人親権者父

甲野太郎

右訴訟代理人弁護士

澤藤統一郎

第一審被告

岩手県

右代表者県立病院等事業管理者医療局長

佐藤文昭

右訴訟代理人弁護士

野村弘

加藤済仁

松本みどり

岡田隆志

主文

一  第一被告の控訴に基づき、原判決を次のとおりに変更する。

1  第一審被告は、第一審原告甲野太郎に対し、金二五九〇万六〇五七円及びこれに対する平成六年九月二一日から支払済みまで年五分の割合による金員を、第一審原告甲野花子に対し、二四七〇万六〇五七円及びこれに対する右同日から支払済みまで同割合による金員を支払え。

2  第一審原告らのその余の請求を棄却する。

二  第一審被告のその余の控訴及び第一審原告らの控訴を棄却する。

三  訴訟費用は第一、二審を通じてこれを二分し、その一を第一審原告らの負担とし、その余を第一審被告の負担とする。

事実及び理由

第一  申立

第一審原告らは、「原判決を次のとおり変更する。第一審被告は、第一審原告らに対し、それぞれ五一〇〇万円及びこれに対する平成六年五月一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は第一、二審とも第一審被告の負担とする。」との判決及び仮執行宣言を求め、第一審被告は、「原判決中、第一審被告敗訴部分を取消す。第一審原告らの請求をいずれも棄却する。訴訟費用は第一、二審とも第一審原告らの負担とする。」との判決を求めた。

第二  当事者の主張

次の補正をするほかは、原判決当該欄の記載と同じであるので、これを引用する。

1  八頁四行目〈編注 本号二五二頁四段一二行目〉の「あるいは」の次に「感染症等についての」を加える。

2  九頁二行目〈同二五二頁四段二九行目〉の「そのような場合には、」の次に「胎児心音の聴取、NSTテスト等を行うことによって」を加える。

3  九頁七行目〈同二五三頁一段一行目〉の「亡春子」の次に「が羊水塞栓症であると診断したのであれば、そ」を加える。

4  一二頁六行目〈同二五三頁二段一八行目〉の「亡春子」の次に「(昭和三六年七月二八日生、死亡時三二歳)」を加える。

5  一三頁五、六行目〈同二五三頁二段三三行目から三五行目〉の項目番号「(4)」を「(四)」に改め、同項記載内容を同頁九行目〈同二五三頁三段三行目〉の次に移す。

6  一四頁二行目〈同二五三頁三段一一行目〉の「債務不履行に基づく」を削る。

7  一五頁七、八行目〈同二五三頁四段四行目〉の「発熱等」を「39.9度の熱があり、唇が紫色の状態になっていた」に改める。

8  一六頁五行目〈同二五三頁四段一九行目〉の「同人が」の次に「下痢のため」を加える。

9  同頁七行目〈同二五三頁四段二二行目〉の「同3は、」の次に「人の硬直は一般に死後二ないし三時間で発現し、死後三〇時間位まで持続すること、」を加える。

第三  判断

一  亡春子の死因につき、第一審被告が羊水塞栓症に起因する急性呼吸不全であるとするのに対し、第一審原告は、解剖による検査を経ずにそのような確定診断はできない筈であるとし、感染症とその亢進の結果としての敗血症罹患を重視する安田鑑定に依拠した判断をなすべきであるとしている。本件では、過失の有無、内容についての判断が、死因をどのようにとらえるかにかかるところが大きいので、このような対立となっているのである。

まず、本件診療及び死亡までの経過並びに基礎的事実関係についての認定と判断は、次の加除をなし、一部を改めるほかは、原判決「理由」欄一ないし三の記載と同じであるから、これを引用する。

1  二〇頁六行目〈同二五四頁二段二六行目〉の「当日」から次行の「した。」までを、「当日は土曜日で、被告病院は休診日であったため、当直の戊野看護婦がその応対をした。しかし、最初に電話をした控訴人太郎が適切な説明をすることができなかったため、結局亡春子が代わって説明した。」に改める。

2  同頁七行目〈同二五四頁二段二八行目〉の「被告病院の」の次に「唯一人の」を加え、同頁八行目〈同二五四頁二段三〇行目〉括弧の中の「なお、」の次に「同医師は、自宅に友人を招いて、数日前に結婚した自分の花嫁の披露を兼ねた祝いの会を始めようとしていたところであった。また、」を、同じく「であった」の次に「が、同看護婦は、同医師には何ら連絡しなかった」をそれぞれ加える。

3  二二頁五行目〈同二五四頁三段三二行目〉の「入院となり、」の次に「その頃再び39.9度に熱が上昇して悪寒がし、」を、次行の「一〇分」の次に「に、熱は37.8度で脈拍は一〇八回/分となり、その」をそれぞれ加える。

4  二三頁初行〈同二五四頁四段八行目〉の「したところ、」の次に「胎児の心拍が測定できず機械を取替えて再度測定したが、」を、次行の「見られた」の次に「が、エコー検査でも胎児の状態は確認できなかった」をそれぞれ加える。

5  同頁三行目〈同二五四頁四段一二行目〉の「エコー検査をし」を同じ行の「二五分ころ、」の次に移し、同頁六行目〈同二五四頁四段一九行目〉の「出血傾向、」を削り、次行の「になり、」の次に「同二時三四分の血液ガス分析ではPH7.07が測定されて高度な低酸素状態を呈し、同二時五〇分には四肢チアノーゼが認められ、」を加える。

6  二八頁七行目〈同二五五頁三段一四行目〉の挙示証拠中に「第一審原告太郎本人」を、同頁末行〈同二五五頁三段二二行目〉の「見ないところ、」の次に「分娩直後」を、次頁初行〈同二五五頁三段二四行目〉の「見られた」の次に「ものの、その後再硬直は認められなかった」をそれぞれ加える。

7  三〇頁四行目〈同二五五頁四段一四行目〉の次に行を改めて、「(4)また、亡春子は、平成六年四月三〇日に戊野看護婦に対しても、翌五月一日に丁野医師及び乙野医師に対しても、胎動の消失を訴えていない。」との認定事実を加える。

8  同頁五行目〈同二五五頁四段一六行目〉の「右事実」以下同頁八行目〈同二五五頁四段二四行目〉の「証拠はない。」までの説示を次の内容に改める。「以上の各認定事実から思い当たるように、妊娠に関すること以外で体調の悪さを自覚している妊婦が、半日以上も胎動を感じなかった場合は、診察に当たった医師に対してそのことを訴えるのが殆どであろうと考えられるので、かなり後まで胎動を感じていたのではないかと推定され、したがって、本件胎児の死亡時期は、安田鑑定が結論として最後の時刻を五月一日の午前一一時五分頃と記載しているものの、その理由からすると、むしろそれよりも前になるのではないかと理解できるので、これを大きな手がかりとして、平成六年四月三〇日の夜中から翌五月一日午前六時頃までの間であると推認するのが相当である。この午前六時という時刻は、本件胎児が娩出され、死後硬直が確認されたものの再硬直が認められなかった同日午後一時頃を基準として、七時間程遡った時刻である。

なお、医師善積昇作成の乙第三〇号証には、胎児が睡眠している時は胎動がないのが普通であるから、自覚的な所見にすぎない胎動感の消失だけでは胎児の死亡の判定ができないとして、胎児の死亡時期は、四月三〇日の正午頃から翌日の午前六時頃までの間であると推測するとの記述があるが、始まりを四月三〇日の正午頃とする点については、浸軟が認められず、死後硬直が末梢の小関節を除き認められたことを挙げているが、病理上最大の幅としてはそうなるというだけであり、それ以上に特に具体的な根拠を示しているわけでもないので、これが右推定の妨げとなるものではない。」

9  三一頁五行目〈同二五六頁一段一行目〉の「があったこと」の次に「及び白血球分類のリンパ球のパーセントに対する好中球のパーセント比(N/L比)が高値であったこと」を加える。

10  三二頁三行目〈同二五六頁一段一七行目〉の「しかしながら、」の次に「甲一二、乙一三、」を、次行の「(乙三〇)」の次に「、後出の竹内意見書(乙三一)」をそれぞれ加え、同頁一〇行目〈同二五六頁一段三〇行目〉の「症状の時間的経過、」を削る。

11  三三頁初行〈同二五六頁一段三四行目〉の「CRP」の前に「炎症性疾患等の鋭敏なマーカーである」を、同行の「ほぼ正常値」の前に「妊婦として」をそれぞれ加え、次行の「一一〇―八〇」を「一一四―七〇」に改め、同じ行の「ことから、」の次に「亡春子について敗血症を来すような重篤な感染症を認めることは」を加える。

12  三三頁一〇行目〈同二五六頁二段一五行目〉の「以上の」以下次頁初行〈同二五六頁二段二一行目〉の「を得ない。」までを以下のとおりに改める。「このように、病理学的な立場では、或一つの死因を想定してみても、それぞれに難点・疑問点があるため、死因を確定することに躊躇があるようであるが、二日ないし三日前までは何の異常も認められなかった胎児が母体内で死亡したのは動かない事実であり、その原因如何が争点の一つとなっているのであるから、訴訟上は可能な限りの考察をしておく必要がある。

そこで再度検討してみると、竹内意見書は他方で、母体に何らかの感染症があったとしても、それが直ちに胎児死亡の原因となることは考えにくいものの、極めて特殊な状態を想定すると、感染症による高熱という初発症状に対応して、母体が解熱の目的でインドメタシン等を使用した場合、それが胎児の動脈管を急激に閉鎖する事態を招き、胎児の死亡をもたらすこともあるとしている。

そして、メチロンの製剤元で出している説明書(甲六)及び同種薬剤に関する解説書(甲七)には、一般的注意として、他の解熱剤では効果が期待できないか、あるいは他の解熱剤の投与が不可能な場合の緊急解熱として用いるべきものであるとし、十分な問診を行うこと、患者の状態を十分に観察し、副作用の発現に留意すること、原因療法があればこれを行うこととする記載があるほか、副作用として胃痛、悪心・嘔吐、下痢等が現れることがある旨や、妊娠末期の妊婦に投与したところ、胎児循環持続性(PFC)が起きたとの報告があること、妊娠末期のラットに投与した実験で、弱い胎仔の動脈管収縮が報告されている等の記載があり、妊婦への投与の記載部分はインドメタシンの説明書(乙四)と全く同一である。「産婦人科薬物療法」と題する医学書籍(乙一一)にも、メチロン(スルピリン剤)の妊娠中投与は慎重にするようにと注意書きがあり、風邪症候合併の妊婦にはペニシリン剤かセフェム剤が第一選択薬であると記載されている。

また、乙第一四号証によれば、胎児の動脈管に収縮が生ずると、最悪の場合、低酸素症に陥り胎児死亡にまで至るとのことであり、メチロンは、インドメタシンに比較すれば、動脈管収縮作用は高度ではないものの、メチロンと作用程度が同程度のアスピリンの母体への投与が原因である臨床例もあることが報告されており、右動脈管収縮作用は否定できないことが認められる。

このような各注意事項があることのほか、産婦人科医我妻堯の意見書(甲一三の二)を合わせ考慮すれば、高熱からして何らかの感染症を疑うべきであったのに、母体の状況の観察が十分なされないまま、かつ、母体の環境が悪化し間接的に胎児が影響を受けている最中に、何ら右状況を改善するための補液や抗生剤も投与せずに、動脈管収縮作用のあるメチロンを解熱剤として母体に投与したことによって、右母体内の胎児が死亡するに至ったと推認するのが相当である。」

13  三四頁五行目〈同二五六頁二段二七行目〉の「意見書によれば」を「意見書では」と改め、同頁七行目〈同二五六頁二段三二行目〉の「などから」の次に「、敗血症が死因であるとするのには」を加え、同頁末行〈同二五六頁三段二行目〉の「潘種性」を「播種性」に訂正する。

14  三五頁末行〈同二五六頁三段二一行目〉全部を「亡春子の死因として確定可能なものが外に見当たらない以上、右に説示したところからして、胎児死亡から羊水塞栓症が発症し、これが原因となって呼吸不全に陥り死亡するに至ったものと判断すべきである。」に改める。

15  三六頁初行〈同二五六頁三段二四行目〉の「しかしながら」を「ところで」に改め、同頁五行目〈同二五六頁三段三二行目〉の「できない」の次に「ものの、それは病理診断としてのものであり、訴訟上は必ずしも右のように判断することの妨げとなるものではないと考える」を加え、同頁六行目〈同二五六頁三段三三行目〉の「(三)」から次行末尾までを削る。

二  第一審被告の過失

本件発生の当日である平成六年四月三〇日は、土曜日で休診日という、まことに間の悪い日であった。被告病院は遠野地方の中核病院であり、それに相応しい役割を期待され、果たさなければならないのであるが、産婦人科の医師も乙野医師一人だけというような状況であったのであり、しかも同医師は、自宅に友人を招いて自分の結婚祝いの会を始めたところであった。

かかる実情からすれば、休診日での対応態勢も万全に近い形になっている大都会の大病院におけるのと同じように考えるわけにはいかないのであろうが、それほどのことが本件で問題となっているのではない。亡春子は初診でなく、以前から受診していたのであるから、臨月間近であることは被告病院としても直ちに把握できた筈である。そして、同女は初めの問合せの電話を夫である第一審原告太郎に依頼したほどの高熱の身であった。同女がそのような状況を押して被告病院を訪れてきたのであるから、いかに右のような事情があったとはいえ、当直の看護婦または同看護婦から電話連絡を受けた乙野医師としては、乙野医師自身が病院に来て診察することはできなかったとしても、当日当直の丙野医師の診察を受けさせるよう手配し、高熱の原因が何であるのかを把握した上で対処すべきであった。記録上、当直医師に診察できない事情があったことは窺われないし、同医師が内科医であることはむしろ願ってもないことであった。熱を下げるだけであれば、売薬を用いるのでも或程度間に合うのである。そして、対症療法に限るとしても、妊娠末期の妊婦に対しては、胎児に与える影響の少ない薬とされているペニシリン剤ないしセフェム剤など抗生剤の投与等をしたり、状況によっては入院を促すなどして、適切な治療方針を決定すべきであった。以上の措置を求めても、決して無理なことではない筈である。

それなのに、当直看護婦や乙野医師は、亡春子の状態を十分把握しないまま、安易に、胎児の動脈管に収縮作用をもたらす可能性のあるメチロンを投与したのである。先に判示したように、胎児が死亡したのは、その結果であると判断するほかなく、このことが羊水塞栓症を惹起し、亡春子の死亡に結びついているということができる。

したがって、前記の担当者の所属する被告病院には、それが可能であるのに、なすべき措置をとらなかった義務違反・過失がある。なお、第一審原告は、亡春子の死因を感染症とその亢進の結果としての敗血症罹患であるとしているが、仮定的に羊水塞栓症を前提とする主張もしているので、右の如く判断する上で支障はない。

三  損害

1  胎児の死亡によるもの

第一審原告は、これを不法行為として構成しているが、未だ権利主体となっていない胎児に対してのものではありえないので、母体である亡春子に対する不法行為ということになる。しかし、同女は医療契約の当事者でもあるので、前者の地位は後者の関係に吸収されるものとして扱い、切離して検討することはしない。

2  亡春子に関するもの

以下のとおりに補正するほか、原判決「五 損害」欄2の記載と同じであるのでこれを引用する。なお、逸失利益の算定に関する補正は、最近の動向を念頭においてのものである。

(1) 四一頁五行目〈同二五七頁二段一七行目〉の「前記四2のとおり」を削り、次行の「被告は」の前に「同病院の経営主体である」を加え、同頁末行〈同二五七頁二段三四行目〉の「三〇」を「四〇」に、同じ行の「ホフマン」を「ライプニッツ」に、次頁初行の「19.917」を「16.3741」に、同じ行及び次行の「五四五一万〇六六八円」を「三八四一万二一一五円」にそれぞれ改める。

(2) 四二頁四行目〈同二五七頁三段四行目〉の全部を「本件は債務不履行の事案であるのに加えて、被告側に過失があるとは言っても、前記のとおりまことに間の悪い状況下で生じたものであり、しかも二万回か三万回に一度の比較的稀な症例で、かつ救命可能性の少ない羊水塞栓症という双方にとって不幸な出来事であることを考慮して、亡春子を慰藉すべき額としては、胎児死亡の分を含めて、これを七〇〇万円と定める。」と改める。

(3) 四二頁一〇行目〈同二五七頁三段一三行目〉から次頁二行目〈同二五七頁三段一九行目〉までを四二頁四行目〈同二五七頁三段五行目〉の次に移す。

(4) 四二頁五行目〈同二五七頁三段六行目〉の項目番号(三)を4に改め、次行の全部を「弁論の全趣旨によれば、第一審原告太郎は、亡春子の葬儀を執り行ったことが認められ、その費用は第一審原告太郎の損害として一二〇万円をもって相当と認める。」と改める。

(5) 四二頁七行目〈同二五七頁三段九行目〉の項目番号(四)を5に改め、次行の「三五〇万」を「第一審原告らに各二〇〇万」に改める。

(6) 四三頁四行目〈同二五七頁三段二一行目〉の「各原告につき三九六〇万五三三四円」を「第一審原告太郎につき二五九〇万六〇五七円、同花子につき二四七〇万六〇五七円」に改める。

四  よって、原判決を変更し、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 小林啓二 裁判官 吉田徹 裁判官 比佐和枝)

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